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vol.3素敵女子

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ON Safariをはじめたきっかけ
アフリカに魅せられて、そこでの生活のために日本で3か月働いて1年間アフリカで暮らす、そんなバックパッカーのような生活をしていたご主人。そろそろ日本で何かをしようと帰国、九州でアフリカにまつわる店を始めたい、一緒にやってみない?と誘われたヨーコさん。今までのものを全部捨て、親子の縁も切るといわれながらもご主人と共に九州・宮崎へ旅立ったのが27歳の時だった。なんとロマンティックでドラマチック。一大決心でしたよね?との問いに 今だからロマンティックといえますけどね。と笑うヨーコさん。当時エステティシャンとしてのキャリアもあり仕事自体も本当に好きだった。雑誌にも載り順風満帆だった。当然ヨーコさんについていたお客様もたくさんいた。そのお客様からは「大丈夫なの?」と心配された。だけど振り返らず全部捨ててきた。本当にスーツケース一つだけで九州に向かった。「『井の中の蛙』で終わる人生は、私の人生ではない」「この人(ご主人)についていったら絶対面白い」「今はこちらの道を選んだほうが絶対にいい」そんな思いに至った。不安もたっぷりだったが、未来に待ち受けるドキドキ感、ワクワク感、好きな人と一緒にいられる喜びの方が大きかった。ご自分でもここが人生のターニングポイントだったと語る。だがしかしだ。安定を捨て、その大きな一歩を踏み出す勇気がすごい。この一大決心のお話を聞くうちに、自分で生きる道は自分で決める。そしてそれを選んだからにはめいいっぱい楽しめばいい。そこから生きる力をもらえる。そんな思いになった。
まず最初に九州・宮崎にて輸入アンティーク家具、雑貨の「アフリカ屋」(1996~2004)をオープン。アフリカの部族指定で古道具をお求めくださるコアなお客様の要望にも応える人気店に。そこから同時進行で輸入アパレル「POLE POLE」(2003~2006)を経て2006年長泉にて「ON Safari」オープン、カフェやSHIZUOKA 109出店を経て現在に至る。
ON Safariオープンの決め手は意外なものだった。ポルトガルにいるときにお母さまが倒れたとの連絡があった。お母さまを支えることを決意、ご主人の理解もあり静岡に戻る。それがON Safari オープンへと繋がっていく。事実は小説より奇なり。そしてこんなにもドラマティック。

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お母さまとの日々
お母さまの介護は7年に及んだ。介護、育児、仕事といろいろ重なったがそれでも大変だとは思わないようにした。「介護」と思わず、ありのままを受け入れた。お父様と相談し、車いすを押すときはどうしても下を向いてしまいがちだけど、うちはそれを変えようと話した。たとえ車いすに乗るときでもお母さまのヘアを毎日セットした。サングラスをかけてあげた。お父様も病院まで付き添ってハーモニカを吹いてあげた。ヨーコさん自身もお店での衣装でもあるシルクハットを、あえて被ったままお母さまの車いすを押した。周りの人からも「今日はどんな服着て来た?」などと声をかけてもらえるようになった。そんな生活を続けていくうちに3年後には経口食ができるようになった。感情も出せるようになった。大変だねと言われてきたけれど幸せな介護だったと当時を振り返る。やりたい事、やるべき事をやり切ったからこそ出る「幸せな介護だった」という言葉。きっと想像をはるかに超えるような大変さもあったことだろう。ただ明るく穏やかに語るヨーコさんの微笑みには「家族みんなで勝ち取ったお母さまとの日々」が感じられて幸福感と勇気をもらえた。

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ヨーコさんというヒト
日々充実した生活をすごされているヨーコさんにオンとオフの切り替えはどうしているのかと聞いてみた。するとなるほど!だからヨーコさんはヨーコさんなのだ、という答えが返ってきた。それは「辛いことは出さずに、笑うことを覚えよう。とにかく笑う。笑い声を出す。」そしてお父様からは「拍手をする」ことを教わった。拍手をすると気分が上がる。これらを実践すると笑いが本物になる。そうすると吹っ切れる。心持ちが変わった気がする。笑いが力になることを実感したそうだ。そして人と接する上においても「ああしよう、こうしようなどと意識したことはない。いつもありのまま。自然体のワタシです。」切り替えてやるべきことをやる。強さと優しさ、
寛大であたたか、そして前向きな生き方が最大の魅力なのだ。
とはいえ、小さい頃は内気で引っ込み思案だったそう。賑やかな人たちの中に入れなかった。そんな時代も過ごしてきたからこそ、お店では中心にいる自分だとしても、その空気を消し、「すみっこにいる人にもスポットを当てたい」それが根底にあり、そんな場づくり、お店作りを心掛けている。そうか、これこそが「ここに行けばほしいものが見つかる」というお店たる所以なのだ。
そんな忙しい中でもヨーコさんが思うことは、「神さまは超えられないハードルは与えない」ということ。お母さまが亡くなったときも本当に辛かったが、お店にでて「いらっしゃいませ」と発することで何かが降ってきた。あぁ私にはこの仕事があるのだとの思い。そしてオープン前からお友達を連れてお店の前でまっていてくれたという忘れられないお客様の存在。お客様と仕事に救われている。仕事、家庭、すべてがヨーコさんの力となっている。

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ヨーコさんを形成してきたもの
お母さまの姉にあたる伯母様お二人はアメリカという新天地で生活されていた。お一人は当時としては大変珍しいシカゴヒルトンの初の日本人社員、そしてもうお一人は美容師としてご活躍されていた。そんな伯母様方から贈られるアメリカからのプレゼント。見たこともないようなデザインのお洋服。そういったものを手に取る機会が多かったヨーコさんは子どものころから「将来は自分のお店を出したい」という夢を持っていた。20歳の時に伯母様を追ってアメリカへ遊学。そこで出会った蚤の市のお爺さん店主。くたびれたLeeのサロペットに頭には黒い正装用のシルクハット。この姿がとても新鮮で、いつか私もシルクハットを被ってお店に立とう。これがヨーコさんの帽子好きの原点でもある。そんな幼少から青春時代という多感な時期での経験が、オシャレで世の中をハッピ-にしたいという思いの原動力なのではないだろうか。また日本を飛び出しアメリカでの波乱万丈であったであろう生活を選び、そこで気高く生きた伯母様方の生き方を聞かせてもらい、十二分にヨーコさんにもそのDNAを継承しているように思えた。歴史は巡り、そこから新たな一歩を踏み出す。人生は冒険だ。そこで得たものを糧に、より美しくより楽しく生きるその姿を見るこちらがまたエネルギーをもらっているのだ。
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