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「日常とpoésie. 」 July

二十歳のころから四年ほどお世話になった会社で、新しくオープンする店舗の内装を手伝ったことがある。
個人経営の古着屋だった。アメリカで買い付けた古着や雑貨をあつかう店で、オーナーは四十代の男性だった。DIYが得意な方だったので、内装は外注せずに自分たちでつくっていた。わたしは販売員だったので、既存店で接客や裏方など日々の業務を担当しており、実際に作業をおこなうことは少なかったが、ときどきペンキ塗りや什器制作の手伝いをした。
系列店はどれも、アメリカの西海岸にあるような、おしゃれでかわいらしい店だった。あたらしい店舗にはおおきな窓があり、天井は古い木の梁がむきだしになっていて、壁は白い漆喰だった。
床は、前に入っていた飲食店が使っていた床材をはがすと味のある色をしたコンクリートだったので、防塵塗装のみを施してそのまま使うことになった。
新店舗のオープンが迫ったある日、わたしが倉庫で作業していると、オーナーに「ネイルアートに使うラメを買ってきてほしい」と頼まれた。何に使うんですか、とたずねると、新店舗の床に撒きたいから、と。「アメリカで、喫煙所に続く道がキラキラしてて、何だかすごくよかったんだよ」と彼は言った。わたしは百円ショップに行き、ラメを買い占めて店に戻った。
それは業務上必要な、なんてことない会話だったのだろう。けれどわたしは自分で店をやりはじめてから、もう幾度もこのやりとりを思い出している。店に関する小さなことを、自分でひとつ決めるたびに。
古着屋激戦区の商店街に何軒も店を出しているくらいだから、センスも商才もある人であることは間違いないが、何の経験もないところから四年間彼の下ではたらいたわたしに根づいたいちばんすてきなことは、憧れの叶えかただったのだと思う。やりたいことのひとつひとつは、実際に手を動かしてみれば、そんなにむずかしいことじゃないのだ。やりかたはいろいろある。世のなかにあるすてきな店や空間は、たぶん、そういう積み重ねでできている。
先日、わたしは元職場を訪ね、オーナーが作業場にしているガレージでイベント出店用の小さな木のいすをつくってもらった。天板に廃材が使われたベンチも。それは2.5メートル四方のテントの下につくったわたしの店で絵本の棚の前に置かれ、子供たちはそこに腰掛けて熱心に絵本を読んでくれる。それはとてもかわいらしくて、わたしをくりかえし幸福にする。
杉浦 真奈(Sugiura Mana)
旅する古本屋「古本とがらくた paquet.」として活動中。植物図鑑と古い料理本が好き。
「ほぼ月刊ぱけのこと」というフリーペーパーをつくって配っています。
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