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01

「日常とpoésie. 」 April

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佐藤真由美さんの短歌に、こんなのがある。
「さくらさくら 去年誰かと見たさくら 知らんぷりしてまた見るさくら」
 彼女の著書「恋する短歌」に、これから親しくなりたい相手にお花見をしませんかと誘われ、連れて行かれた場所が十年前に当時の恋人と一緒に来た穴場だった、というショートストーリーとともに掲載されたこの歌のことを桜が咲くたびに思い出すのは、わたしだけではないだろうと思う。

 二十代半ばで、独身で、女。ひとによっては寂しいと思われかねないことを言うけれど、桜は毎年、ちがうひとと見ている。恋愛というものが下手くそで、全然つづかないのだからしかたがない。だれと見る桜も毎年ちゃんときれいなのは、わたしみたいなひとのためなのかもしれない。
 
 そういうことで桜にまつわる思い出はいくつかあるのだけれど、花より団子とはよく言ったもので、わたしは桜というよりも花見が、お祭りごとや屋台のごはんや外で飲むお酒のほうが好きらしく、さらに何人かの友人からフットワークの軽さが尋常ではないと言われるのは本当で、桜が咲いたとなると誘われるままに全部の花見に参加する。だから回数を重ねてしまった今では、デートで行った桜祭りも、片思いのひとと見た街の隙間を埋めるように咲くささやかな桜も、友達とした河川敷のどんちゃん騒ぎも全部桜にまつわる思い出として一括りにされていて、桜には悪いけれどその印象はけっこう似通ってしまっている。

 ただ、そのなかでも特別印象に残っている桜というのはやっぱりあって、いま記憶を辿って書こうとしている日のことは、日常のなかで突然はじまった映画のワンシーンみたいだった。
 ロマンティックなラブストーリーというよりは、夏休みに映画館で観るジブリ映画みたいだったけれど。

 あの春は、東北のホテルではたらいていた。
 たっぷりと寝坊した休日の午後、雪が溶け残った道をカフェに向かって歩いていたら、通りがかった車がわたしの真隣で急停車した。窓が開けられ、声がかかる。運転席にはおなじホテルのちがう部署ではたらいている、名まえも思い出せないような間柄の男のひとが乗っていた。まともに話したこともない、すれ違うときに挨拶をする程度の、外国から来たひとだった。彼はわたしに車に乗るように言った。カフェまで乗せてあげるから、と。わたしは遠慮したが、何度かの問答の末、結局乗せてもらうことになった。散歩がてら行こうとしていたカフェは三キロほど先にあったのだけれど、わたしにとっては散歩の距離でも彼にとっては「そこには歩いては行けないよ」と驚いてしまうくらい遠い場所であるらしかった。

 短いドライブの間に、わたしは彼が韓国人であること、日本語がとても上手なことを知った。目的のカフェにはすぐに着いたが、運のわるいことに臨時休業だった。しかたがないので「帰りましょう」と言うと、彼は「桜を見に行きませんか」とわたしを誘う。どうせ暇だし、付き合おうかな。軽い気持ちで頷くと、彼は車を走らせて、森のなかにある沼に向かった。

 満開には少し早かったけれど、車を停めた高台からは沼を囲むように咲く桜が見えた。空気はつめたく、ほかにはだれもいなかった。沼は瑠璃色がかったみどりで、とてもしずかだった。
 彼は沼のまわりの遊歩道を散歩しようと言い、わたしはそれに応じた。そこここに順路を示す矢印の看板が建てられてはいるものの、きちんと舗装されておらず、アップダウンの激しい道だった。

 仲の良い同僚というわけではないので、話すことはそんなにない。何を話したかほとんど記憶にないけれど、その日の日記を見ると「○○さんは日本語がとても上手だった。通勤路で出会った熊のことをぽっちゃりと表現していたのがチャーミングだった」としか書いていないので、それほど中身のある話をしたわけではなかったのだと思う。

 彼はしょっちゅう立ち止まって、桜や沼の水や、めずらしい育ち方をした歪な木の写真を熱心に撮った。水芭蕉という、白い、おもちゃのラッパみたいなかたちの花が咲く群生地があり、そこではわたしも数枚シャッターを切ったのだけれど、帰り道にあったいちばんおおきな桜の木の下でわたしが何も言わなかったのが気に障ったらしく「あなたは花のプレゼントとか、喜ばないでしょう」と言われた。わたしは、さすがデートに花束を持って行く国のひとだな、と思った。

 彼とはその後も特に関係が変化することはなく、すれ違えば挨拶をするだけだった。桜が散り、わたしは派遣社員としての契約期間を満了して、そのホテルを去った。

 旅人特有の潔さで別れを告げた、東北の、あの春のつめたさに触れることは、今はもうできない。写真のように思い出すだけだ。

 今年も桜は咲いて、わたしはまたもや、去年とはちがうひとと桜を見に行く約束をした。
 だれと見たって桜はちゃんときれいだけれど、毎年おなじひとと見る桜に、本当はあこがれている。 



杉浦 真奈(Sugiura Mana)
旅する古本屋「古本とがらくた paquet.」として活動中。植物図鑑と古い料理本が好き。
「ほぼ月刊ぱけのこと」というフリーペーパーをつくって配っています。
イベント等への出店予定はSNSをご覧ください。
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mail*mana.sugiura1216@gmail.com
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